最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)367号 判決 1999年7月15日
上告人
兵庫県
右代表者知事
貝原俊民
右訴訟代理人弁護士
俵正市
右訴訟復代理人弁護士
寺内則雄
右指定代理人
大久保博章
岡田悟
石井孝一
井上勝文
被上告人
山口和彦
右不在者財産管理人
明石博隆
右訴訟代理人弁護士
小西隆
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人俵正市、同復代理人寺内則雄の上告理由について
一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は昭和三七年一二月一日に上告人に任用され、技術吏員として上告人の社土木事務所に勤務していたところ、平成三年一月二八日、最後の住所である兵庫県小野市上本町<番地略>を出奔し、以後、所在・生死共に不明となった。
2 平成三年三月三〇日、兵庫県知事は、被上告人を懲戒処分として免職する旨を決定し、「山口和彦 兵庫県技術吏員 地方公務員法第二九条第一項の規定により本職を免ずる。 平成三年三月三〇日 兵庫県知事」と記載された人事発令通知書及び処分の理由として「平成三年一月二八日以降、無断欠勤を続けていることは、全体の奉仕者たるにふさわしくない行為である。」と記載された処分説明書を作成し、被上告人の上司が、被上告人の前記最後の住所に赴き、その妻ひとみに対して、右人事発令通知書を読み上げた上、同通知書及び右処分説明書を交付した。
3 上告人は、平成三年三月三〇日付けの兵庫県公報で、被上告人に対する前記人事発令通知書の内容を掲載し、同年四月六日、右公報を被上告人の前記最後の住所に郵送した。兵庫県公報発行規則(昭和三七年兵庫県規則第八三号)三条、四条は、同公報には条例、規則、辞令などを掲載し、同公報は本庁の部課、地方機関、各種行政機関、県内市町及び県議会その他必要と認めるものに無償で配布するものと規定している。兵庫県の県民情報センターや図書館では、同公報が閲覧に供されている。
4 職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(昭和三八年兵庫県条例第三一号)二条は、職員に対する懲戒処分としての免職の処分は、その理由を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならないと規定しているが、その職員が所在不明で書面を交付して処分を通知することが不可能な場合の処分手続については、規定がない。
二 右事実関係の下において、原審は、上告人の被上告人に対する平成三年三月三〇日付けの懲戒免職処分の効力につき、次のとおり判断した。
1 公務員の免職処分の効力発生時期は、特別の規定がない限り、意思表示の一般法理に従い、その意思表示が相手方に到達した時、すなわち辞令書の交付その他公の通知によって相手方が現実にこれを知った時又はこれが相手方の知り得る状態に置かれた時と解される。
2 被上告人が本件懲戒免職処分を現実に知ったとは認められない。また、平成三年三月三〇日の時点では、所在・生死共に不明であったのであるから、被上告人の上司及び上告人が同日に執った前記一の2、3の措置をもって、本件懲戒免職処分が被上告人の知り得る状態に置かれたとはいえない。
3 本件懲戒免職処分については、民法九七条ノ二所定の方法による意思表示の手続は執られていない。また、法律や兵庫県条例には職員の懲戒免職処分につき知事が公示の方法による意思表示を行うことができる旨の規定はない。法令の根拠なくして公示による意思表示の方法により懲戒免職処分の効力を生じさせることはできないと解すべきであるから、被上告人の上司及び上告人が執った前記措置によって、懲戒免職の意思表示が被上告人に到達したとみなすことはできない。
4 よって、本件懲戒免職処分は、効力を生じない。
三 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
所在が不明な公務員に対する懲戒処分は、国家公務員に対するものについては、その内容を官報に掲載することをもって文書を交付することに替えることが認められている(人事院規則一二―○「職員の懲戒」五条二項)ところ、地方公務員についてはこのような規定は法律にはなく、兵庫県条例にもこの点に関する規定がないのであるから、所在不明の兵庫県職員に対する懲戒免職処分の内容が兵庫県公報に掲載されたことをもって直ちに当該処分が効力を生ずると解することはできないといわざるを得ない。
しかしながら、上告人の主張によれば、上告人は、従前から、所在不明となった職員に対する懲戒免職処分の手続について、「辞令及び処分説明書を家族に送達すると共に、処分の内容を公報及び新聞紙上に公示すること」によって差し支えないとしている昭和三〇年九月九日付け自丁公発第一五二号三重県人事委員会事務局長あて自治省公務員課長回答を受けて、当該職員と同居していた家族に対し人事発令通知書を交付するとともにその内容を兵庫県公報に掲載するという方法で行ってきたというのであり、記録上そのような事実がうかがわれるところである。そうであるとするなら、兵庫県職員であった被上告人は、自らの意思により出奔して無断欠勤を続けたものであって、右の方法によって懲戒免職処分がされることを十分に了知し得たものというのが相当であるから、出奔から約二箇月後に右の方法によってされた本件懲戒免職処分は効力を生じたものというべきである。
原審の前記判断は、右と異なる見解に立って本件懲戒免職処分の効力を否定したものであって、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ず、その違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件各請求については、更に審理判断を尽くす必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)
上告代理人俵正市、同復代理人寺内則雄の上告理由
原判決には、以下に述べるとおり、審理不尽、理由不備の違法があるばかりでなく、地方公務員法及び民法並びに最高裁判例の解釈適用に誤りがあり、その違法が判決に影響を及ぼしていることは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。
一 本事件の概要
本事件は、元兵庫県社土木事務所技術吏員山口和彦(以下「被処分者」という。)が平成三年一月二八日以降、自ら行方不明となって無断欠勤を続けたため、任命権者である上告人が、被処分者の行為は全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるとして、地方公務員法第二九条第一項に基づき、平成三年三月三〇日付けで懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)を行ったものである。本件処分にあたり、上告人は、同日、本件処分に係る人事発令通知書を被処分者の妻に交付し、同日付けで右発令内容を県公報に登載するとともに、被処分者から届出のあった現住所(以下「現住所」という。)あて右県公報を送達しており、これによって、本件処分の内容は被処分者の了知しうる状態におかれ、本件処分の効力は発生したものである。
二 原判決の内容
しかるに、原判決は、本件処分は被処分者に了知しうる状態におかれたとすることはできず、本件処分は効力が生じていないと判示する。
その理由とするところは、
1 上告人は、本件処分に係る人事発令通知書を被処分者の妻に交付し、被処分者の現住所あて県公報を送達しているが、被処分者は二月余前に右所在を出奔し、生死・所在ともに不明となっていたのであるから、これをもって被処分者が本件処分を了知しうる状態におかれたとすることはできない。
2 右人事発令通知書の内容は県公報に登載されているが、これをもって通知があったとして処分の効力が生じたとすることはできない(最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決、昭和三〇年四月一二日第三小法廷判決)。
というものである(判決理由四参照)。
そして、原判決は、最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決も「相手方が現実にこれを知り、又は相手方が知りうる状態におかれた場合以外で、免職処分の効力が生じるのは、特別の規定のある場合に限られる」としているところであり、上告人は民法第九七条の二の規定による公示送達(以下「公示送達」という。)や自ら公示による意思表示を行える旨の条例の制定が可能であるから、右のような原則を無視してまで処分者自身による公示を認める必要はない。したがって、上告人の行った手続によっては、本件処分の意思表示が被処分者に到達したとみなすことができず、その効力は生じていないから、被処分者は懲戒免職によりその身分を失ったとすることはできず、職員の定年等に関する条例の規定により、六〇歳に達した後の平成五年三月三一日に定年退職したことになると判示する(判決理由五及び六参照)。
三 原判決の違法性
しかしながら、以下の理由により、原判決には、地方公務員法第二九条及び民法第九七条の二並びに最高裁判例の解釈適用に誤りがあり、重大な法令違背が存するものである。
1 所在不明となった職員に対して懲戒免職処分を行う場合の人事発令通知書の送達手続については、兵庫県職員の懲戒の手続及び効果に関する条例中に定めがなく、行政処分一般についても、相手方の所在を知ることができない場合の行政処分の送達に関する通則的規定は存在しない。
行政処分の効力が発生するためには、処分権者の意思表示が相手方に到達することが必要であり、この場合の到達とは、意思表示の一般原則どおり、相手方が現実にこれを了知し、又は了知しうる状態におかれることをいうものと解され(最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決)、本件のように被処分者が所在不明の場合には、公示送達をすれば、右の了知しうる状態におかれたとされている。
右の点については、上告人は原判決と見解を異にするものではないが、第一審判決が判示するとおり、公示送達によることに行政法上の直接の根拠があるわけではなく、右方法は、相手方の所在が知れない場合の行政処分の送達に関する通則的規定が存在しないことによって生ずる不都合を回避するための便宜的な方法であるから、公示送達以外の方法が一切許されないものではなく、公示送達以外の方法であっても、被処分者が処分を了知しうる状態にある場合には、処分の効力が生ずるものと解するのが相当である。そして、意思表示が相手方に了知しうる状態におかれたかどうかについては、意思表示の書面が相手方の勢力範囲(支配圏)におかれることを以て足り(最高裁昭和三六年四月二〇日第一小法廷判決)、相手方をして意思表示の内容を了知せしむべく表意者の側として常識上なすべきことをなし終わりたるときを以て意思表示は相手方に到達したるものとされている(大審院昭和一一年二月一四日判決)。
2 上告人が行った前記一の手続については、職員本人に準じる者として職員の家族に人事発令通知書を交付することは、本人が家族と連絡をとれば容易にその内容を知りうることに照らしても合理的であるといえ、その上に、処分がされたことを家族との連絡以外の方法でも知りうるための公示の措置として、発令内容を県公報に登載するという方法を採っており、さらにこれらに加えて、本人から届出があった現住所あて右県公報を送達しているのであるから、右両判決に照らし、本件処分内容は被処分者の了知しうる状態におかれたものと解すべきであって、原判決のように、一時的な外出・旅行の場合とは異なり、被処分者が処分を知りうる状態におかれたとすることはできないとの判断は誤ったものである。蓋し、右両判決の趣旨からして、被処分者が処分を知りうる状態におかれた場合を一時的な外出・旅行の場合に限定して解さなければならない理由はないからである。
また、本県においては、職員が出勤できない場合等人事発令通知書を直接本人に交付できない場合は家族に交付することが通例となっていること、県公報は、行政処分の相手方が所在不明の場合の意思表示の手段として広く用いられていること、人事発令通知書の県公報への登載については兵庫県公報発行規則(乙第七号証)第三条第一項第七号に明文の規定があり、被処分者の在職中にも所在不明となった職員に対する処分に係る人事発令通知書を県公報に登載した例(乙第八号証及び第九号証)があることから、県職員である被処分者にとって、本件処分に係る人事発令通知書が家族に交付され、又はその内容が県公報に登載されることは容易に予測しうる状況にあり、これらの手続によって処分内容が本人に了知しうる状態におかれたと解しても、法に悖るとは考えられない。
なお、県公報への登録についてあえて附言すれば、一般に行政処分は個別的に法効果を発生するものであるから、相手方に対する個別的な送達によるのが本来の姿であるが、県公報への登載は、条例・規則の交付にあたっても用いられる方法であって、登載内容を広く一般住民に了知しうる状態におく効果を有するものであるから、個別的な処分内容であっても、県公報に登載して広く一般住民に了知しうる状態におかれる結果、行政処分の相手方についても処分内容を了知しうる状態におかれると解しても不合理ではない。また、県公報は、県下各地の県の機関、市役所・町役場、図書館のほか、他府県にも配布して一般住民の閲覧に供されており、公示送達の提示の場合と比較して、閲覧の点でこれに劣るものではないものである。
以上述べたとおり、上告人の行った手続によって、本件処分の内容は被処分者に了知しうる状態におかれており、処分の効力が生ずると解しても、何ら不都合はないといわなければならない。
3 原判決は、最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決及び昭和三〇年四月一二日第三小法廷判決を引用し、「県公報への登載をもって処分の効力が生じたとすることはできない」と判示する。
しかしながら、上告人は、前述したとおり、県公報への登載をもって公示送達に代わるものとして処分の効力が発生する旨主張しているわけではなく、この点、原判決は弁論主義違反の重大な誤りを犯しているものであるが、加うるに、引用する右最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決は、免官発令の相手方である検事は退官願の提出後も引き続いて出勤して職務を遂行しており、免官発令を本人に直接交付することが可能であるにもかかわらず、本人への交付前に官報登載を行った事案について、当該官報登載による効力の発生を否定し、官報登載後に同人が行った傷害窃盗詐欺被告事件公判請求を有効としたものであり、昭和三〇年四月一二日第三小法廷判決も同様の事件であって、右両事件は、そもそも官報登載による意思表示を行う必要性が認められない場合であり、本件のように被処分者が長期間所在不明となって、直接人事発令通知書を交付することが不可能な場合と全く事案を異にするものである。本件の場合、上告人は、処分に係る人事発令通知書を家族に交付したうえで、右発令内容を県公報に登載するとともに、職員の現住所あて右県公報を送達するという手続を踏んでいるのであるから、両判決が上告人の行った手続を否定する趣旨とは到底解されないことを念のため補足しておく。
したがって、原判決は、弁論主義違反を犯したうえ、右最高裁判例の解釈・引用を誤った違法なものである。
4 原判決は、「最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決においても『相手方が現実にこれを知り、又は相手方が知りうる状態におかれた場合以外で、免職処分の効力が生じるのは、特別の規定のある場合に限られる』とされているところであり、右のような原則を無視してまで処分者自身による公示を認める必要はない」と判示する。
しかしながら、上告人は「右最高裁判決の判示する原則を無視して処分者自身による公示を認めるべきである」旨主張したことはなく、処分の効力が発生するためには、意思表示の一般原則どおり、相手方が現実に処分権者の意思表示を了知し、又は了知しうる状態におかれることが必要であるという前提に立った上で、「公示送達以外の方法であっても、被処分者が処分を了知しうる状態にあれば、処分の効力が生ずる」旨主張するものであるから、原判決は上告人の主張を曲解した的外れなもので、重大な弁論主義違反を犯すものといわざるを得ない。
5 所在不明となった職員に対して懲戒免職処分を行う場合の人事発令通知書の送達手続については、自治省が、①公示送達による方法、②人事発令通知書を家族に送達するとともに、処分内容を県公報に登載する方法(条例の根拠は要しない)、③職員の懲戒の手続及び効果に関する条例中に人事院規則(官報登載)に相当する手続を規定して県公報への登載を行う方法、のいずれによっても処分内容は被処分者に了知しうる状態におかれると解されるので、いずれの方法によるも差し支えない旨回答している(昭和三〇年九月九日自丁公発第一五二号自治省公務員課長回答(甲第一〇号証))。これは、最高裁昭和二九年八月二四日第三小法廷判決を踏まえ、処分の効力が発生するためには、意思表示の一般原則どおり、相手方が現実に処分権者の意思表示を了知し、又は了知しうる状態におかれることが必要であるという前提に立った上で、公示送達以外の方法であっても、右②に揚げるような方法をとった場合には、被処分者が処分を了知しうる状態にあり、処分の効力が生ずると解される点を明らかにしたものである。
本県においては、これを受けて、従来から一貫して、処分に係る人事発令通知書を職員の家族に交付し、右発令内容を県公報に登載するとともに、右県公報を職員の現住所あて送達しており、このような手続によって処分の効力が生ずると解することは慣習法的に確立したものとなっている(被処分者以外の職員に対する処分に係る県公報登載については、乙第八号証ないし第一一号証参照)。
また、他の都道府県においても、右行政実例に基づき、さまざまな方法を行っている状況にあり、所在不明となった職員に対して処分を行った事例を有する三三団体のうち、条例に根拠規定を置いている団体は二団体、公示送達を行っている団体は一三団体にすぎず、残る一八団体は、本県と同様、条例の根拠規定なしに人事発令通知書の家族への交付、県公報への登載等を行っている。
したがって、原判決は、全国の地方公共団体において、本県と同様の手続を行っている団体が相当数にのぼり、当該手続によって処分の効力が生ずることが全国的に慣習法的に確立したものとなっている点について何ら審理することなく、漫然と被上告人の請求を認容した点で、審理不尽の違法が存するばかりか、原判決のような解釈を是認することは、本県のみならず、これまで全国的に行われてきた過去の処分の効力を危うくするとともに、公務員行政の全般に多大な影響を及ぼすことは必定であって、到底容認されるべきものではない。
四 本件処分の瑕疵の治癒等について
1 仮に、上告人の行った手続によって、被処分者が本件処分の内容を了知しうる状態におかれておらず、本件処分が瑕疵ある違法なものであるとしても、人事発令通知書の家族への交付、処分内容の県公報への登載及び県公報の現住所あて送達という手続が行われている本件の場合、当該瑕疵は軽微なものにすぎず、処分の効力を失わせるほどのものではないと解するのが相当である。
加うるに、本件にあっては、被処分者が定年退職したと認定されている平成五年三月三一日までの時点で、不在者財産管理人が本件処分の内容を了知し(本訴第一事件訴状添付の審判書写し参照)、本訴を提起し、本件処分について十分な審理が尽くされており、しかも被処分者は本件処分後も行方不明で、無断欠勤の状態が継続していることを考えれば、右瑕疵は、既に治癒されたものというべく、本訴においてこれを争うことはもはや許さないと解すべきであるし(最高裁昭和三六年五月四日第一小法廷判決参照)、このように解したからといって、権利救済の面において特段の不利益を及ぼすとは認められない。
2 更に、原判決は、本件処分の効力が発生していないことから、被処分者が平成五年三月三一日定年により退職したものと一方的に認定しているが、この点、審理不尽及び理由不備の違法が存するものである。
原判決は、被処分者が平成三年一月二八日以降二年余りもの長期間にわたって無断欠勤を継続したにもかかわらず、一方的に、定年により円満に退職したとして退職手当の支給を命ずるものであるが、このような判断は、「すべて職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」とする地方公務員法(第三〇条)ないし憲法(第一五条第二項)の趣旨に反し、到底許されないものであるばかりか、行方不明の職員について、本件のように懲戒免職処分取消請求訴訟が提起され、当該職員が定年に相当する年齢に達するまでに原判決のような判決があった場合には、処分権者が改めて公示送達をすれば、その時点で処分の効力が発生し、退職手当の請求は認められないのに対し、本件のように定年に相当する年齢に達してから判決があった場合には、既に定年退職したものとして取り扱われる結果、処分権者が改めて公示送達をしても当該職員に処分の効力は及ばず、退職手当の請求が認められることとなり、結果的に、長期間無断欠勤し懲戒免職処分取消請求訴訟の提起が遅れた者が有利となるなど、判決時期によって退職手当の支給が区々、不均衡な結果を招来することとなり、はなはだ公平を欠く不合理なものとなる。
3 また、本件処分手続は、上告人において、自治省の指導に従い、過去の本県職員に対する処分の手続と同様に、人事発令通知書の家族への交付、処分内容の県公報への登載及び県公報の現住所あて送達という手続によったものであるが、本件処分当時右手続と異なる取扱いをすることが極めて困難な状況において、自ら行方不明となって、長期間無断欠勤を続けている者が、公示送達の手続がなされておらず本件処分の効力が生じていないと主張して退職手当の支払いを請求することは、そもそも信義誠実の原則に悖り、公の秩序、善良な風俗に反する道義上許すべからざる権利の濫用である。
4 本件は、上記一で述べたとおり、被処分者が自ら行方不明となって長期間無断欠勤を続けたため、任命権者である上告人が、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であるとして、地方公務員法第二九条第一項に基づき懲戒免職処分を行ったものであり、公務に対する信頼の確保の観点から、本件処分の効力が発生したものと解するのが極めて妥当な解釈と言わざるを得ない。
原判決は、「行方不明者に対し行政処分の効力を生じさせる必要性があるのは否定できない」として、本件処分の効力が発生したものと解すべき点を認めながら、十分審理を尽くすことなく、漫然と被上告人の不当な請求を認容した点において、審理不尽、理由不備の違法があるばかりでなく、その結論において、著しく正義に反し、健全な法常識や国民感情に悖る違法、不当なものであることは、公知の事実たる原判決に対する新聞報道等に照らしても明らかである。
五 結語
以上のとおり、原判決には審理不尽、理由不備の違法があるばかりでなく、民法及び地方公務員法並びに最高裁判例の解釈適用に誤りがあり、それは判決結論を決定的に左右するもので、判決に影響を及ぼすことは明らかなものである。